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パンダマーク ジャイアントパンダの出産と人工保育 パンダマーク

 私たちは王子動物園での来るべきジャイアントパンダの出産と人工哺育に備えて、昨年9月初旬から約1か月半の日程で、 コウコウとタンタンの故郷である中国・四川省の中国保護大熊猫研究中心(臥龍繁殖センター)へ行って来ました。 出産前後の雌のパンダの飼育と観察、パンダの赤ちゃんの人工哺育の方法を学ぶのが目的です。 そこで今回は私たちが臥龍繁殖センターで見てきたジャイアントパンダの出産と人工哺育についての研修報告します。

パンダマーク 妊娠? それとも偽妊娠?? パンダマーク

(写真:「No.20」と自然哺育子)
(写真:「No.20」と自然哺育子)
 私たちが臥龍繁殖センターに到着したのは9月10日でした。 すでに1頭の「No.20」(メス)が8月25日に双子(両方ともメス)を出産し、約2週間が経過していました。 私たちがまずセンターの人たちに聞いたことは、「あと何頭妊娠しているのですか?」と言うことでした。 答えは「あと1頭」とのこと....!? たくさんの出産シーンを見ることができるだろうと思っていた私たちにとっては少し残念な答えでした。 臥龍繁殖センターでは1999年には8頭、2000年には12頭のジャイアントパンダが生まれており、2001年は少しお母さんパンダたちを休ませてあげようという配慮から、 あまり交尾をさせず、また人工授精もしなかったらしいのです。でもそのおかげで1頭のお母さん「No.21」をじっくり観察することができました。
 ジャイアントパンダは「偽妊娠」という面白い、でも私たちパンダを飼育する者にとってはやっかいな?生理現象を示します。 偽妊娠とは妊娠していないのに妊娠している時と同じようにお腹(子宮)が大きくなったり、お乳が大きくなったり、お乳を出したりする状態です。 ホルモンの分泌なども妊娠の時と変わらず、本当の妊娠との区別が非常に難しいのです。偽妊娠はパンダ以外の動物でも見られます。 雌犬を飼っている方ならひょっとしたら経験があるのではないでしょうか?
  「No.21」が妊娠なのか偽妊娠なのかはセンターの人にもはっきりしたことがわからず、私たちも半信半疑のまま観察を続けました。

パンダマーク 感動の出産シーン パンダマーク

(写真:韓さん)
(写真:韓さんが「No.21」の陰部を観察しているところ。
観察中は、突然にパンダが手を出せないようにリンゴを食べさせておく)
 9月28日の午前、「No.21」の担当飼育員の韓さんが、 陰部の状態を見ていて、「今日出産するかもしれない」と言い出しました。 陰部が大きくなり、そして陰部の入り口が開いてきたからです。 その日の午後はセンターの人たちがみんな「No.21」の状態を観察しているモニター室に集まり、 「いよいよだ!!」という雰囲気が流れました。お昼頃から、急に「No.21」が陰部をしきりに舐めるようになりました。 そして韓さんが飼育場に入れた巣材を集めて出産する場所を作り始めました。 もうこのころには私たちもセンターの人たちも迷っていません。 元気な子どもを生んでくれることのみを期待し、緊張して待ち続けました。 その後2回の破水を見て妊娠していることを再度確信し、そして16:12(現地時間。以下同じ。)......。
 やりました!! 私たち二人にとっては初めての出産シーンです。 動物の出産シーンを目の当たりにすることは、いくら動物園で仕事をしているとは言ってもなかなかできないことです。 それも世界的に貴重なジャイアントパンダの出産シーンです。感動せずにはいられませんでした。
 生まれた赤ちゃんは175.5gの丸裸の女の子でした。

〜パンダの赤ちゃんはなぜ小さい〜

 パンダに生態が非常に似ている動物にクマ類があります。 クマ類は妊娠期間の半分以上を着床遅延(ちゃくしょうちえん)の状態で過ごします。 着床遅延とは子宮の中で受精卵が成長しないでそのままでいる状態です。 着床遅延の期間が終わり、受精卵が子宮に根を下ろし成長していく期間がクマ類では短いので、 赤ちゃんは丸裸の小さいままで産まれてきます。ジャイアントパンダも着床遅延をすることがわかっています。
 ちなみにセンターで生まれた赤ちゃんのなかでもっとも軽かったのは53g、もっとも重かったのは216gだったそうです。 またセンターのお母さんパンダの妊娠期間でもっとも短かったのは89日で、もっとも長かったのは184日だそうです。 このように妊娠期間に大きな差があるのは着床遅延の期間に幅があるからだと考えられます。

パンダマーク 双仔? 三つ仔?? パンダマーク

(写真:許さん)
(写真:許さんが「No.20」の搾乳をしているところ)
 ジャイアントパンダは人工授精をすると双子になることがよくあります。 私たちが臥龍繁殖センターに到着した時にすでに双子を生んでいた「No.20」も人工授精をされていました。 どうして人工授精をすると双子になりやすいのか? それはまだよくわかっていません。
 「No.21」にも人工授精をしています。当然双子に期待がかかります。 センターの人たちも、私たちもさらなる感動を求めて待ちました。 そして2度目の感動は約5時間半後(21:58)に本当にやって来てくれました。 今度もまたまた女の子(体重127.0g)でした。
 臥龍繁殖センターでは1986年から2000年までの間に50頭の子パンダが生まれています。 そしてそのうち1回だけですが三つ子が生まれたことがあります。
 2度の緊張と感動の後、少しほっとして疲れが出てきている私たちを横目に、 臥龍繁殖センターの所長さんの張さんが、まだモニターを見つめていました。 えっ、もしかして.....!? でも3度目の感動への期待は後産が出てしまった(23:25)ことでうち消されてしまいました。

パンダマーク プロの技?! 驚異の子替えと搾乳!! パンダマーク

 ジャイアントパンダは自然交配をするとほとんど双子にならずに1子だけを生みます。 野生のパンダについてもほとんどの場合が1子しか生まないと考えられています。 そして1回の出産で1頭の子どもしか育てないと言われています。 しかし今回は「No.20」、「No.21」ともに双子でした。じゃあ、どうするのか? 人工哺育しかありません。人工哺育の現場を見てくる。これが私たちの今回の研修での最大の課題でした。
(写真:人工哺育器の中の「No.21」の子ども)
(写真:人工哺育器の中の「No.21」の子ども)
 私たちがセンターに到着した時、すでに生まれていた「No.20」の2頭の子のうち、1頭はお母さんが育て、 もう1頭は人工哺育で育てられていました。ジャイアントパンダの子どもは丸裸で非常に小さく生まれてきます。 そしてお母さんは1頭しか育てようとしません。だから双子の場合の2頭目は出生後すぐに取り上げて人工哺育にします。 人工哺育には特別に作った人工乳を使います。でもそうなると2子目は母乳を飲めないことになります。 みなさんもご存知のとおり、お母さんから出る母乳には栄養分以外に赤ちゃんが病気にうち勝つためのいろいろな成分が含まれています。 人工哺育の子どもに母乳を飲ませるにはどうするか? そう、センターの人は本当にやるのです。中国4,000年の技? 驚異の子替えと搾乳を!! 子替えというのは母親が育てている子どもと人工哺育で育てている子どもを定期的に取り替えることです。
(写真:臥龍繁殖センター
(写真:臥龍繁殖センターで2000年に生まれた子どもたち。神戸でも早く子どもが見られるように繁殖を目指してがんばっています。)
 臥龍繁殖センターの職員と王子動物園の職員との交流は、「コウコウ」と「タンタン」が神戸に来ることが決まってから始まりました。 そして昨年の春に神戸にやってきたセンターのある職員が言ったのです。「タンタンが出産したらお乳を搾りなさい」と.....。 みなさんはジャイアントパンダを愛くるしく優しい動物だと思っているでしょう!?
 と〜んでもない(って言ったら「コウコウ」と「タンタン」が怒るかな?)。 中国語で大熊猫と書くように彼らは熊に非常に似た、どう猛な動物なのです。よ〜く目を見てください。非常にきつい目をしていますよ!! 爪を見てください。あれでひっかかれたらひとたまりもありませんよ!! そんな動物からどうやって子どもを取り上げるの?! どうやってお乳を搾るの?! と言う気持ちでその職員の話を「そんなことできるわけがない.....」と思いながら聞き流していました。
 でもそれをやったのです。今回の研修でお世話になったセンターの職員の許さん(「No.20」の飼育係)と韓さん(「No.21」の飼育係)は それぞれのパンダの専属の飼育係です。「No.20」も「No.21」ももともとは野生だった個体だそうで、許さんは約3年間、 韓さんは約5年間かけてそれぞれのパンダを触れるまでに慣らしたということでした。それで二人とも自分のパンダの陰部を観察したり、 搾乳のためにお乳を搾ったりできるのだそうです。これには私たち二人ともびっくりしました。
 臥龍繁殖センターでの人工哺育は、センターの人たちが苦心して作った人工乳と許さんや韓さんのようなプロの努力により成功しています。

パンダマーク 神戸でも!! パンダマーク

写真  今「コウコウ」は5才、「タンタン」は6才です。「タンタン」はホルモン検査から十分に性成熟していることが確かめられています。 しかし「コウコウ」は昨年の春におこなった健康診断ではまだ精巣が体の外へ出てきていず、性成熟していないことがわかりました。 雄のパンダの性成熟は5〜7才くらいで起こると言われています。「コウコウ」の成熟にはもう少し時間がかかるかも知れませんが、 王子動物園でも早く赤ちゃんパンダをみなさんにお披露目できるように、そして貴重なパンダの数を少しでも増やすことに協力できるように、 今回の研修で学んだこと十分に生かして、繁殖に向けてがんばっていきたいと思っています。